2017 UCI マスターズ・トラック 世界選手権大会初出場

アメリカ・ロサンゼルスで行われた、2017 UCI マスターズ・トラック世界選手権大会に初参戦しました
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今年2017シーズンは非常に充実したシーズンとなりました。
アメリカに来てレースを始めて14年ですが、これまでに無い達成感と充実感、そして今年ほど多くの事を学んだ年はありませんでした。
今シーズンは余りにも自分にとっては飛躍した年でしたので、後で自分が見返して懐かしくなるように、少しヒストリーを交えて書きたいと思います。

トラックの初レースは2015年8月29日。2015シーズンもあと数日で終わりと言う時に始めてトラック競技を経験しました。それまではロードレースのみでした。従って、実質的に継続的にトラック競技を始める事になったのは2016シーズンから。
トラックを始めてみようと思ったきっかけは、娘でした。今年12歳の娘が子供のトラック競技を始めたのが2015年。娘がベロドロームで走る姿を見ていたり、他の子供達が走る姿を見ているうちに、自分もやってみたいと思うようになったのがきっかけでした。
初めてバンクを走った時から直ぐに、トラックの魅力に取り付かれてしまいました。トラックはロードに比べてショーマンシップが高い様に思えますし、知り合いも格段に増えました。

2015年8月29日の初レースでは、ロードレースの感覚と異なっていたのに戸惑いを感じたのを覚えています。そしてその戸惑いが更にトラック競技を学んでみたいという気持ちに押し上げてくれました。
しかし学ぶと言っても、今まで自分で我流でトレーニングを重ねて来ただけであって、ましてや全く新しい世界のトラックで強くなる為には何から始めて、何をすれば良いのかサッパリ分からないまま、ネットで練習方法を検索したりしながら自己流で練習をして、レースに出て、2016シーズンも殆ど終わりの8月を迎えようとした時に 自分にとって大きな転換を迎える事になりました。そのお陰で今の自分があり、こんなにも充実した2017シーズンを過ごす事が出来たのです。
その転換とは素晴らしいコーチに巡り合い、コーチングを初めて受け始めた事です。

コーチの指定する練習メニューを初めて行ったのが2016年8月7日。
この日から今回初出場した世界選手権まで1年2ヶ月の練習が毎日毎日続きました。コーチングをお願いした時から(勝手に)目標は世界選手権と定められていました。最初は世界選なんて夢物語と思っていたのですが、今思えば、この日から世界選のスタートラインに立つまで全てがつながっていて、綿密に計画されたトレーニングを淡々とこなして来たのだと気づかされました。

トレーニングはコツコツとこなして来ましたが、やはり平坦ではありませんでした。
今シーズンのレースシーズンイン直前になっても、自分のパフォーマンスが全く上がらず、シーズンインしても毎週火曜・金曜、土曜のトラックレースでは成績が自分が望んだ程、安定的に残せないなど、自分がやっている事への疑問、自分の今のパフォーマンス状態への疑問、今後への不安、焦り、悩み、落胆が常に付きまとっていました。しかしコーチからは不安を相談する度に、練習メニューを信じ、コーチを信じ、自分を信じる事を指導されて来ました。
今日のローカルレースで勝つことが出来ない自分がどうして世界選なんて舞台で満足に走れるのか?
そういったジレンマは消し去ることが出来ず、やはり信じきれない自分のまま世界選が直前に迫って来ました。
世界選直前まで強度の強い練習が続き、ベロドロームではモータバイクの後ろにピッタリ付いて走る、モーターペーシングと呼ばれる練習も一ヶ月間続きました。

ただ、驚くことに最終トレーニング日(世界選の1週間前)では自分のパフォーマンスが上がっていると初めて感じました。
6月末に出た全米選手権大会の頃より自分が速くなっている気がしました。

今思えば、テーパが上手く効いていたのでしょうね。それは世界選の初レースであるスクラッチレースの予選で感じました。
全米選手権の前でもテーパは入っていましたが、世界選に備えたテーパや最終仕上げの練習とは全く異なるものでした。
コーチの頭には世界選でのパフォーマンスしか無かったようです。
それは普段から言われていた事なのですが、全米選手権の時と世界選の時とで自分の仕上がり方が全く異なっていたのに気づかされました。
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10月12日(木)
ロサンゼルスの室内ベロドロームで私のUCI マスターズ・トラック世界選手権大会が始まりました。
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人生初の世界選手権大会のスクラッチレース予選では、驚くほどに疲れを感じず、今までに無い程絶好調を感じました。
予選では落車に巻き込まれてしまい、軽い怪我を負い、前輪にダメージを受けてしまいました。
落車は残り7周で発生し、オフィシャルの判断でレースはニュートラル走行となり、レースに復帰する事が出来ました。復帰する時には「ふざけんなー」って感じの気持ちでした。コーチの指示を思い出し、トラックサイドに立つコーチの檄を毎周回聞いて、とにかく積極的に行きました。
残り5周では後方から先頭に飛び出してしまい、そのまま集団を引いて、残り1周半からスプリントをしかけ、3位でゴール。予選を3位で通過することが出来ました。
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予選各組から上位12位が決勝に進出。
決勝は24人(LAのトラックが定める最大出走定員)が同日の夜、数時間後にメダルを争う事になりました。
予選後は一旦ホテルに戻り、リカバリに努めました。レース中にクラッシュした所が痛みました。

数時間休んで、いよいよ決勝!
決勝進出が今回の大きな目標だったので、既に満足。
しかしコーチからは更なる指導が入りました。決勝は予選とは必ず違う展開になるから、賢く、レースを読んで走れというものでした。予選の時のように間違っても5周集団を引いてはいけません。残り5周からが正念場だと肝に銘じてスタートラインに立ちました。
周りは予選を勝ち抜いてきた24人。どんなレースになるか半分楽しみでした。
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決勝は予想通り、アタックがよくかかりました。
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私はレース後半まで辛抱強く走る事にしました。前半のアタックは結局集団が吸収してしまいました。
前半で落車発生。並走していた2人のうち一人が故意に肘を相手に当ててクラッシュが起きたように見えました。転んだ選手は私のすぐ前を走っていました。肘を当てた選手はその後もアタックを追いかけたり、積極的に走っていましたが、最終局面で集団に置いていかれていました。
結局その選手は、危険行為の反則が適用され、最下位の着順でしたが・・・
残り7周でまた落車発生。45度バンクの真ん中で起きました。ちょうど前を行く2人の逃げを集団が潰しにかかった時でした。
良く覚えていませんが、突然前の選手がバンクで転倒し、私もまた巻き込まれる事になりました。
バンクの下に落ちて、暫く動けず。今回のダメージは大きかった。
しかしここまで来て、こんな落車で棄権は絶対に嫌だったので、レースに執念で復帰。
ニュートラル走行のあと、レース再開。
残り5周からレースはヒートアップ。さすが世界選と思わせる周りの選手の気迫とスピード。
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一人が爆発的なスピードで逃げて行きます。全力で追いかける集団。
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必死に食い下がり、前から落ちてくる選手を抜いて辛抱強く走りました。バンクでは自分が進めるスペースはブラックラインとエイプロンの間のわずかな空間。普通ならそこに入ってまで前に出ようとは思いませんが、決勝ではそこに突っ込みました。そこしか行く場所が無いから。
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全力で走ってゴール。10位でした。
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世界選手権初参戦の決勝でTop10入りは自分にとって予想以上の成果。普段褒めないコーチ達も大絶賛してくれました。

ゴール後、右側の肋骨部分が酷く痛むので、会場にある医療係に行きました。酸素吸わされて、車椅子に座らせてチェックを受けました。
恐らく、肋骨が折れているから救急車を呼ぶか、このまま救急外来を受診するよう強く勧められましたが、アメリカの救急外来は桁違いに高額なのと、救急車なんて乗ったらその後の請求書が恐ろしいのを経験済みなので、潔く断りました。

レース後、コーチ達と記念撮影。
私の左手の緑のシャツを着た人が、ヘッドコーチ。右の白いシャツを着た人がLAのコーチで元オリンピック選手。
何れのコーチも全米ナショナルチャンピオンは勿論、オリンピック強化選手、ワールドカップメダリストだったりします。
普段の練習では厳しいですが、優しい方たちです。
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病院へは数日後に帰宅してから行きました。レントゲンの結果9番目の肋骨が折れていました。

残念ながら翌日のポイントレースは棄権する事になってしまいました。ホイールも前輪が2セットとも破損してしまっていましたし、体もボロボロだったので、また転んでダメージがもっと酷くなることを懸念しての決断でした。

予選・決勝の両方で落車し、レースに復帰し、完走したことをトレーニング仲間は賞賛してくれました。鉄人というあだ名が付きそうです。
コーチ達も普段に無いくらい、褒めてくれました。
後になって考えれば、その時こうしていたら・・・・と反省する点は多々あるのですが、その場でその時点で出来るベストの走りをしたつもりですので、結果には満足しています。

この14ヶ月間、様々な事を通して学んだ事があります
  • 同じスポーツを通して通い合う、人と人の心遣い、優しさの有り難さ
  • 一緒にトレーニングを積んで来た仲間の成功を自分の成功のように思える事の有り難さ
  • コーチを信じ、練習を信じ、自分を信じると言ったコーチの言葉の意味
  • 本当のトレーニングとは何たるか


最後に、このような素晴らしい舞台で走れる機会を与えてくれたコーチ。14ヶ月間、常に支えてくれた家族。

暑い日も、寒い日も、きつい時も一緒にトレーニングを重ねた仲間達に心から感謝します。

下の写真は、レース翌日にトレーニング仲間の歯医者さんから電気指圧を施してもらっているところです。

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レースではコーチのサポート無しでは、絶対に走りきる事は出来ませんでした。

来年もコーチの指導に応えられるよう、精進して行きたいと思います


10月12日のレースがYou Tubeで見られます

私のレースは当日の最終レースだったので、ビデオの最後に現れます。


タイムカウンターでは
4:03:28 レース開始
4:13:17 落車発生(4人が落車)
4:20;24 レース終了

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by sprockets | 2017-10-12 10:16 | トラックレース | Comments(0)

米東部在住のトラック&ロードレーサ。レース・トレーニング、機材など


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